作家名 |
喜多川 歌麿
きたがわ うたまろ(うたまる)
KITAGAWA Utamaro(Utamaru)
[1751-1806]
|
---|---|
作品名 |
江戸高名美人「木挽町新やしき 小伊勢屋おちゑ」
えどこうめいびじん こびきちょうしんやしき こいせやおちえ
Ochie of the KoIseya at Kobikichô, Shin Yashiki, from the series, Famous Beauties of Edo
|
技法/材質 |
大判錦絵揃物
|
寸法 |
36.4×24.4cm
|
制作年 |
寛政4~5年(1792~93)頃
|
受入年度/種別 |
平成07年度/購入
|
分類 |
浮世絵版画/近世版画
|
所蔵品番号 |
2953002
|
美人画の大成者として位置づけられる喜多川歌麿は、特に当時評判の実在の娘を題材としたこのような新様式の大首絵で大衆の人気を得た。ここに描かれたのは、水茶屋小伊勢屋のおちゑで、黄表紙を読んでいるところである。この大首絵シリーズは、水茶屋の看板娘を名前入りで表したもので、現在《ひら野屋(おせよ)》《菊もとお半》《吉野おぎん》と本図の4図が確認されている。背景を白雲母摺としており、特に顔を大きく構成していることなどから、比較的早期の美人大首絵と思われる。寛政5年(1793)頃の水茶屋・土紋娘(矢場の娘)を百人一首の歌人になぞらえた読売(かわら版)『水茶屋土紋娘百人一笑』で、「ちゑ」は「中納言家持 木挽丁四丁メ 小伊勢やちゑ十八 かさゝぎの橋うちわたりこびき丁 おちゑがくむ茶のみに小いせ屋」と記され、本図と同様その紋は梅鉢紋となっている。歌麿に発した評判娘ブームを懸念した幕府は、寛政5年(1793)に錦絵に評判娘の名前を記すことを禁じている。 (『千葉市美術館 所蔵作品100選』 2015年)