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中村 芳中
白梅図
紙本着色一幅 / 134.5×66.5cm / 文化期(1804-18)頃



中村芳中(?−1819)は、江戸時代後期の大坂の画人である。芳中の面白さは、いかにも楽しげに描かれたその画風にあり、人物自体にも大変興味をひかれる。

形式的には俵屋宗達・尾形光琳の流れを組む琳派の作家ということになり、この〈白梅図〉においても、金泥で描いた花蕊、木の幹や枝に金や緑青の絵具をぽたぽたとたらし込んだ、いわゆる“たらし込み”の描法などに、琳派らしい特徴がよくでている。しかし梅花を真正面から捉えたり、上へ上へと好きなように枝を伸ばしたりという堂々たる奔放さは、芳中ならではといえよう。

琳派の画家に師事したという記録はなく、自ら『光琳画譜』(1802)を出版していることでも分かるように、光琳の画を好み、私淑した芳中は、琳派の作家の中でも特異な位置を占めている。 芳中は大変な趣味人であったらしく、俳諧に親しみ、時の文人たちとの交流も深かった。例えば大坂の文人木村兼葭堂の『兼葭堂日記』に寛政8-11(1796-99)年の間しばしば登場するほか、青木木米を兼葭堂に紹介したという記録、十時梅がいから芳中宛の手紙など、文人画家たちとの広い交友を示す資料には枚挙にいとまがない。若い頃には池大雅の妻玉瀾とも親交があったらしい。江戸千家を開いた川上不白の賛のある作品も多くある。 そういえば芳中の作品は、琳派様式を踏襲しながらも、気負いのない奔放な筆致が、時に大雅など文人画家の筆を思わせる。自分の楽しみのためにするすると筆を遊ばせ、ただ描きたいように描いた驚くほどの自由さが清々しく、鑑賞者の心さえ解放してくれるようである。


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