千葉市美術館
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石井 林響 いしい りんきょう
王者の瑞 おうじゃのしるし
麻本着色2曲1隻屏風 / 各234.8×220.6cm / 大正7年(1918)

 


石井林響(1884-1930)は、千葉県山武郡土気本郷町(現千葉市)に生まれる。本名毅三郎。千葉中学校在学中、図画教師の堀江正章に画才を認められる。卒業後上京し、共進美術学校に入学、その後国学院夜間部に学ぶ。はじめ洋画を志していたが、日本美術院連合第9回共進会を見て、日本画への転向を決意。橋本雅邦に入門する。明治35年(1902)、日本美術院・日本絵画協会連合第13回絵画共進会に「秋風」「美人逍遙」が初入選。その後二葉会・美術研精会・紅児会・国画玉成会や文展・院展・帝展などで活躍した。はじめ天風と号していたが、大正8年に林響と改めた。明治期は歴史画が中心であったが、大正期に入ると色鮮やかな中国風俗や、南画朦朧体風田園風俗画に移行、自由闊達な作風を示した。昭和元年(1926)、郷里に近い大網町(現大網白里町)に画房(白閑亭)を築いたが、その4年後に没した。

本図は大正7年の第12回文展への出品作。5年ぶりに出品した大作であった。聖帝と、聖帝出現時にその瑞としてこの世に現れるとされる麒麟を描いている。「戊午歳仲秋 天風拝冩」の署名と「天風」の印章があり、林響と画号を改める前年の作ということになる。千葉県内の林響の支援者の家の玄関に置かれていたものという。



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